話を聞かない母

先日、「発達障害というフィルターを重ねて見た時に、家族や親類について少しは受け止めることができるようになってきた気がする」と書いたのですが、やはり身内についてはなかなか難しいところもあって、日常的に家族と話をして腹を立てたりがっかりしたりすることがよくあります。

子供の頃は親の言動を当たり前に見ていても、大人になるにつれ少しずつ反感を持ったり分かち合えない部分を感じたりすることができてくるものだと思います。親元を離れ、いつの間にか親の影響を受けていた自分の言動を変えたとしても、親が変わるとは限りません。もし明らかに親が間違っていると思っても、10代の頃のように感情をぶつけることも難しく、冷静に指摘することも簡単ではありません。そうやって、様々なズレにフラストレーションを募らせることも身内だからこそかもしれません。

母は自分の言動や考え方を批判されると、だんまりを決め込みます。「あんただって…」と反撃してくることもあります。自分の非を受け入れたくないのはわかります。私も批判されるとまず腹が立ちます。だけど母を問題に思うのは「気付かなさ」なんです。人に言われてもできないこともあるとは思いますが、そういう自覚があまりにない気がします。
なぜそう思うかというと、ある部分は私自身が他人に言われながら変わってきた部分と同じだからです。自分のダメだった部分を母に見ている気がするのです。(全て同じだとは思いたくないですが …)妹に対しても同じことを感じますが、母の方が歳を取っている分、厄介に感じます。

差別的なこと、ステレオタイプで人を不快にさせることは、世の中の動きを見たり人と接することで、これはいけないんだと気付くことが多いと思います。偏見は誰にでもあるものですが、そのことに無自覚なのが問題なのだと思いますし、わざわざ人前で口に出すべきではないこともあります。でも母はそれをやってしまうのです。
さらに母には人の話をよく聞いていないようなところがあります。自分の話に夢中になってこちらの話をちゃんと受け止めないまま、次々に新しい話題を話し始めるのです。相手を無視しているように見えることがあります。
私はこのことで「母は私に関心がないのかもしれない」と感じました。そう感じる原因は他にもあるのですが、一番の理由はこの「話を聞いてもらえていない」ことにあると、ある時気付きました。私は比較的母に何でも話す子供でしたが、もしかしたら聞いてもらえていると感じていなかったかもしれません。

「思ったことをすぐに口に出す」「空気を読めない」というのは発達障害の特性としてよく言われます。親が発達障害だと家族間のコミュニケーション不全でアダルトチルドレンになりやすいという話を聞いたことがあります。母にとって私は扱いづらい子供なのかもしれませんが、私は母も発達障害なのだと思わないことには、母をよく理解できないところがあるのです。

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