父の姿

お盆・正月・連休は大抵実家に帰省をします。今は家に猫もいるし、私の体調の問題もあって短期か日帰りのこともありますが、大体連休が近づくと親からいつ来るのかとメールが来ます。

私にとって実家で過ごす時間は、あんまり居心地がよくありません。うちの家族は仲が悪いわけではないのですが、どことなくコミュニケーションがしづらいのです。母や妹は自分の話をすることに夢中になりやすく、話が飛びやすいというか人の話を聞いていないというか。父はいろいろ病気を抱えていて鬱状態であることが多く、以前より表情や言葉が少なくなりました。

父は働いていた頃から身体の痛みや不整脈などを訴えていました。あちらこちらの病院へ行って検査をして判明した難病もありますが、原因のよくわからない身体の痛みやめまいや耳鳴りも続いているようです。そういう症状について私と話をすることはありますが、浮き沈みの激しい私に比べると父はほとんど鬱々としているように見えます。父も私の方が調子が良さそうに見えると言っていました。(もちろん調子の良い時しか会っていないわけですが)

父の父(私の祖父)は親の愛情を知らずに育ち、人当たりは良かったけれど、お酒が入るとちゃぶ台をひっくり返したり、近所のお店で警察を呼ばれたりしてしまう人でした。お見合いで結婚した祖母は何度も子供を連れて家を出ようと思ったそうです。私の中では怖いだけのおじいちゃんではありませんでしたが、心の通い合うような会話をしたこともありませんでした。良い思い出が少ないです。
祖父は仏教を心の拠り所としていたようですが、父はよく自己啓発本を読んでいました。私は父の思想にとても影響されて育ちました。

・理想は高く持つこと ・目標に対し無駄なものは全て排除すること ・友達は選ぶこと

反発も感じていました。でも念仏のように何度も言われると、刷り込まれてしまうんですね。友達作りは下手だし、無駄なことばかりやる方ですけど、上昇志向はしっかり染み付いてしまって、「上を目指さない」ということがなかなかできずに今も苦しんでいます。たぶん、父も今は自分で苦しんでいるんだと思います。

私は父に似ている部分が多いです。偏食なところ、ストレスがすぐ腸に現れるところ、寒暖差や痛みに敏感なところ、思い込みが激しいところ、など。働いていた頃の父は病弱ではありませんでしたが、元々父の中にもあった弱い性質が、家族や病気や仕事のストレスなどで引き出されてきたのかなと思っています。そういえば、父は人の苦しみ悲しみを歌ったような曲は嫌っていました。

子供の頃は弱い父など知る故もなく、父親は脅威でもありました。母は父の一歩後ろをどこまでもついていくタイプです。ですから、何でも父に認めてもらわねばなりません。おかげで私は20代半ばくらいまで自分のハードル=父の承認だと思っていました。さらには父の向こうにいる母の声をいつも欲しがっていたことに気づきませんでした。

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